岡田武史監督率いるサッカー日本代表は2008年2月23日、
中国・重慶で東アジア選手権の最終戦となる韓国戦に臨み1?1で引き分けた。
これで日本は東アジア選手権を1勝2分けの勝ち点5で終え優勝は逃した。
優勝を決める1戦となった韓国戦。
前半を1点ビハインドで終えた日本は、後半に山瀬のゴールで追いついたが反撃もそこまで。
その結果日本の初優勝の可能性は消え、優勝の行方は中国対北朝鮮の結果次第となった。
【韓国戦の概況】
優勝するためには勝利が絶対条件の日本は、中国戦に引き続き田代を1トップにした4?5?1の布陣で臨み、MF橋本が代表戦初先発を果たした。
序盤は一進一退の攻防が続いたが、徐々に韓国が攻勢を強めると15分、ヨム・ギフンに左クロスからボレーシュートを決められて先制点を献上。
日本は終盤、セットプレーなどからチャンスを作ったが、同点ゴールを奪うことはできず。0?1とリードを許して試合を折り返した。
岡田監督は状況を打開するため、後半18分に中村に代えて安田を投入。
すると23分、山瀬がミドルシュートを豪快に決め、日本が1?1の同点に追いつく。
終盤にはFWの矢野と播戸もつぎ込んで逆転ゴールを狙ったが、そのまま試合終了となった。
【日本代表メンバー】
GK:1 川口能活(Cap)
DF: 25 内田篤人、2 今野泰幸、22 中澤佑二、21 加地亮
MF:7 遠藤保仁、13 鈴木啓太、24 橋本英郎→20 矢野貴章(後半34分)、14 中村憲剛→5 安田理大(後半18分)、10 山瀬功治→11 播戸竜二(後半42分)
FW:12 田代有三
サブ:18 楢崎正剛、23 川島永嗣、15 水本裕貴、3 駒野友一、8 羽生直剛、9 山岸智
さて、東アジア選手権の優勝を逃した岡田監督率いるサッカー日本代表チーム。
W杯への苦難の道はまだまだ続く。
2008/2/6 に埼玉スタジアム2002で行われた
FIFAワールドカップ 3次予選はタイ戦。
日本 は4 - 1 タイをくだした。
得点者は遠藤、大久保、中澤、巻がそれぞれゴールを決めた。
タイはティーラテープが唯一の得点を決めた。
グループBでの他試合結果でオマーンがバーレーンに0?1で敗れたため
日本が得失点差でグループB首位に立ちました。
来月は東アジアサッカー選手権2008でアジアのサッカーチームとの
対戦となります。
頑張れ岡田ジャパン!
2008年1月26日にサッカー・国際親善試合キリンチャレンジカップが行われた。
対戦相手はチリ。
ワールドカップへ向けての岡田ジャパンの第1戦であった。
試合結果は0ー0の引き分け。
先発11人の平均年齢22.7歳と若いチリは前後半を同じメンバーで
同じペースで試合を展開した。
本番に向けてワールドカップ予選は10日後。
岡田ジャパンは軌道修正をして勝利を飾ることができるか!?
本当の勝負となるW杯予選は約10日後に迫っている。
後半再三のチャンスを大久保が逃す。
「(大久保)嘉人が1、2点決めて良かったとなるより、逆に良かったかもしれない」。
と岡田監督は語る。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?b=20080126-00000119-mai-socc
岡ちゃんを知るために先ずはこの動画で!
激動の2000年W杯への道。
2分過ぎがからようやく岡ちゃんが登場します!
懐かしい面々の顔が楽しめます。
このコメンテーターとしての岡ちゃんは魅力満点。
ドーハの悲劇を目の当たりにして言葉を詰まらせる岡ちゃんのコメントに注目!
岡田武史監督というと、理論派監督という印象が強いと思うのですが、その人物像とはどのようなものなのでしょうか。
人間としての「岡田武史」について触れてみます。
性格に関しては決して派手ではないのだそうです。
「俺のことをよく知っている人は、顔の造り同様に性格も派手ではないことを知ってます」とのことですが、よく知らない私もそういう印象を受けますね。
しかし、逆境に立たされた場合などは「よし!やってやるぞ!」と自分でもかなり強くなれるということを言っています。
意外にカッコつける面があり、一度ドン底まで落とされてしまうと、もうこれしかない!と逆に開き直れるそうですね。
叩かれないとダメなのかもとさえ言っていたそうです。
「人間は土壇場になれば強くなる。本当に人間って強いものですよ。でも大体は皆、その前に諦める。でも諦めないで頑張っていたら、人間には底力ってあるものです。」
そうだとすると、この指揮官の性格があのジョホールバルの歓喜を生んだのかもしれませんね。
また、体育会系のやり方については、先輩を敬う気持ちなどのついては一定の理解を示しています。
しかし、そういうものを強要されるのは嫌という考えで、 それも暴力的だとか不合理なやり方によって強制されることは、性に合わないそうです。
これは私も本当にその通りだと思いますね。
彼は元々小学校のときは野球少年だったそうですが、そういう不合理なやり方が蔓延していた中学の野球部を見て、サッカーを始めたというエピソードからもそれがよく分かりますね。
岡田武史の発言として最も有名なものはやはり大会登録選手を発表する際のセリフ「外れるのはカズ」ではないでしょうか。
私にとっても岡田氏の数ある印象的な発言の中でも、これが一番衝撃的で印象に残っています。
カズは日本サッカーで最も人気のある選手であり、そのカズを直前で登録メンバーから外す。
当然、この選考には議論を呼び、これによって「岡田武史」という人物が好きではなくなったという人もいたようですね。
この大会登録選手発表でカズを外した真意は何なのでしょう。
岡田氏はのちに雑誌のインタビューなどでそれについて語っていますが、やはり相当苦渋の決断であったようですね。
岡田監督自身は発表後は合宿で日本にはいなかったので日本国内の様子を直接見るということはありませんでした。
ですが、家族は実際キツかったみたいだった、と漏らしています。
子供も、かなり辛い思いをしたようです。
岡田監督もカズを外すことによってこうなるということは、ある程度発表前から予想していたのではないかと私は思います。
それでもカズを外したのは、日本代表を勝たせる為に監督としてやるべきことはなんだろうと考えたとき、あの結論に達したわけなのだそうです。
岡田監督自身、カズのことを尊敬していたし、大好きだったと語っており、コーチから反対もあったようですが、「俺が決める」と最後は自分を信じたようですね。
あの決断が正しかったのかそうでないのかはわかりませんが、相当大きな決断であったことは間違いないでしょう。
岡田武史監督というと、理論家で少し堅そうな印象を受ける・・・という方も少なくないかもしれません。
確かにそういう面もあるのでしょうが、実はインタビューなどでもジョークを交えたり、ユーモアもある人だということを最近になって知りました。
いくつか紹介してみます。
1998年に代表監督を務める際の喜びについて聞かれると「代表監督になったおかげで、王さん、長嶋さん、野村さんと対談もさせていただきました。あとはキョンキョンと会うだけだ。」
インタビューの最後に「ファンへのメッセージを」と問われると、「ファンはいないなあ・・・」
横浜Fマリノスの監督時代、GK榎本達也に長女が誕生した試合で、「勝ったら武子って名前付けていいよ。」
Jリーグアウォーズにおいて優勝監督賞を受賞した際には「ようやくロレックスを持つことができました。」
Jリーグアウォーズにおいて優勝監督賞に続いて最優秀監督賞も受賞した際には「ロレックスが2つになりました。」
マリノスの監督時代、47歳の誕生日にケガ人が続出することについて、嘆きながら「プレゼント?ケガ人が戻ってくることですね。」
2002年に監督として現場復帰する際に「これからちょっとダイエットでもしようかな。この仕事って見た目勝負だよ?」
このほかにもいろいろあるようですが、こういう受け答えをしていることを知ると、「岡田武史」に対する見方が少し変わりますね。
なかなか面白い人だなーと私も個人的に思いましたね。
昨今、メディアの取材の際のモラルだとかがいろいろ言われていますが、岡田武史さんもメディアの取材姿勢などに対していろいろ不満を抱えているようですね。
岡田武史さんは、メディアには2種類あるといっています。
サッカーなり岡田さん個人なり、日本代表なりに何かしらの愛情を持って来る人と、もうひとつは奇妙に意気込みのみが強い人。
大きく分けるとこの2つに分類されるのだそうです。
批判したって何を書いたってそれは別にいいけど、ただ、後者の仕事にのみ燃えている人がインタビューをすると、あまりにも質問の内容が馬鹿馬鹿しくて答える気がしなくなると嘆いています。
「できれば分けたくなるのだけど、そういうわけにもいかない」というところに監督の大変さが読み取れますね。
また、W杯におけるメディアの姿勢にも相当不満があったみたいですね。
「自分自身に対するプレッシャーならまだいいけど、若い選手が自分が発言したことの反響だとか、行動への批判だとか、そういうプレッシャーに耐えるのは容易ではない」ということも言っています。
常にメディアの一方通行で、自分たちが反論する場がないことによる選手が受けるストレス、そのようなものがものすごく溜まっていたそうです。
敵は味方の中にもいた・・・ということでしょうかね。
メディアの取材姿勢に関しては、私のような一般人でさえも疑問符がつくようなものがありますし、もう少しなんとかしてほしいものですよね。
今日のサッカーNEWS
頑張れ岡ちゃん!ワールドカップへ向けて岡田武史が行く!